
和合小学校は毎年お米づくりをしています。
『あんしん安全なお米を自分達で作る!』という想いで、
籾まき→田起こし→代かき→田植え→草とり→稲刈り→脱穀まで
すべて手作業で行います。
4月13日は籾まきを行いました。
種籾を育苗箱にまく作業です。
地域の方々との共同作業になります。
しばらくぶりだねぇ、手を動かしながらおしゃべりするのが楽しい。
子ども達に加え先生方も作業に加わります。
地域の方々との交流、そして地域の方々に子ども達の成長をみてもらえる良い機会です。
毎年お米づくりをしているので、子ども達も手慣れたもの。
お米づくり5年目というベテランさんも。
それぞれの持ち場で動き、立派に働きます。

途中おやつタイムを挟むとパワー倍増!(笑)
作業がどんどん進みました。

育苗箱600枚!
寒い冬が終わり、春の訪れにわくわくソワソワ。
さあ今年は何キロのお米がとれるかな?

昨日、和合の熊野社でお祭りがありました。今回は、約50年ぶりに「金的」が復活し、多くの方が集まりました。


ご祈祷中は、川のせせらぎと太鼓の音に包まれ、神聖さと高揚感が重なるひとときでした。


金的は、五穀豊穣や無病息災を願い、悪霊や災いに見立てた的を射て厄を払う神事だそうです。今回は三寸的(約9cm)が使われました。
一度は途絶えてしまった伝統行事ですが、今年、和合の有志の方々の力で復活。弓道経験者の若者が中心となって地域のみんなに教えてくれ、子どもから大人まで大盛り上がりでした。

「的を射止めるまで帰れません!」の流れで、交代で矢を飛ばしながら、地域のみんなで伝統を紡ぐ笑顔溢れる温かさを感じた1日となりました。
うちでは稲の苗を、畑で育てています。
畑苗代(はたなわしろ)と呼ばれています。
多くの方は、田んぼに苗代をつくって水を張った状態で育てますが、畑では基本的には雨水だけが頼りです。
畑苗代は水が少ない状態で育つので、田植えした後に根が張って活着するまでの日数が短いのです。
種籾は温度をかけて少しだけ発芽させます。
事前に平らにならした畑に発芽させた種籾を播いていきます。
振るっておいた土を被せていきます。
表面を平らにならして
乾燥や朝の低温から守るために、ビニールを被せます。
この状態でしばらく置いて、芽が出たころにビニールを外します。
田植えは5月末から6月頭くらいに
和合の田んぼの季節が始まりました。
今日は三度の共同作業所での稲作の最初の作業の籾まき。
稲の種である、種籾を育苗箱にまく仕事です。
小学校の子どもたち、先生たちも授業の一環で一緒に作業しました。
高学年の子たちは毎年の経験を重ねていて立派な作業員として働いてくれています。

低学年は籾に興味津々。
初めての農作業にも張り切って取り組んで作業がぐんぐん進みました。

暖かい日が続いたので芽出しをしていた籾の芽がもやしのように伸びていてびっくり!天候は毎年違うので毎年予想通りにいかないところが農作業の難しさであり面白さでもあります。
この籾まきが始まるといよいよ田んぼが始まると気が引き締まります。豊作になりますように。願いを込めてみんなで顔を合わせて作業をするこの時間が和合の田んぼのはじまりです。
コロナ禍が続いて学校と地域の交流が制限される中、こうした作業を通じての交流はより貴重なものとなりました。地域の方と子どもたちの大切な交流の機会が続いていきますように。
一説によると、人間と鶏の共存は紀元前数千年の太古にまで遡るそうです。
マイクロソフトのビル・ゲイツさんは、飢餓を脱却する有効策として養鶏を推奨しており、貧困地域に鶏を配ったりしているそうです。
また宗教的にも、毎日産卵する鳥として神聖視されており、神社の鳥居も鶏から由来しているそうです。
私自身、近隣の方から、鶏の完全生命体っぷりをかねてより耳にしておりました。
卵を提供し、糞は肥料となり、生ゴミを餌として消費し、卵を産まなくなった廃鶏は食肉となる。とんでもない完全無欠生命っぷりです。
これまでの人生に微塵も存在感を露わにしなかった鶏が、突如として頭をもたげ、コケコッコーと頭の中で叫びます。
私ははっとしました。
そうだ!鶏を飼おう!
そうして購入した出世鳥の第一形態ヒヨコは、この世のものとは思われぬ愛らしさでした。
黄色くふわふわと、まるで動くマシュマロのようで、絶え間なくピヨピヨとさえずっています。愛嬌という名の暴力で私の心をタコ殴りにしました。
「わかった。カワイイからもう勘弁してくれ」
私の叫びは虚空に霧散し、ヒヨコは決してそのダダ漏れの愛嬌を堰き止めようとはしませんでした。
聞くところによると、生後半年ほどで卵を産むようになるそうです。この産卵までの期間を、経験から、私はペット期と呼称することにしました。
これは決して過言ではありません。
我が家の鳥小屋は玄関脇にあります。日がな一日、出入りの度に寄ってきては餌をすがってピヨピヨと鳴きます。あまつさえ、そんな鶏たちに話し掛けることさえあります。

愛嬌の権化であるヒヨコ期を過ぎ、次第に茶色い羽が生え揃ってゆき、黒目が小さくなり、トサカが伸びてゆき、クチバシが精悍になる頃、長い長いペット期が終わり、ようやく卵を産むようになりました。
10ヶ月が過ぎていました。
私ははたと思います。
こいつらが産卵をやめたとき、私はこいつらを食肉として解体できるだろうか。
動物の解体は経験があります。シカ、イノシシ、ハクビシン、そしてなにより、近隣の養鶏屋さんから頂いた愛着のない廃鶏。
愛着のない動物ですら、その命を絶つときに躊躇いが残ります。果たしてこいつらを、果たして。
食肉の自給を決めたときに覚悟し築いた堅固な決意の壁がぐらぐらと揺れるのを感じます。
私はこの逡巡を先送りすることにしました。あとのことは、あとで考えよう。そのあたりのいい加減な人間的隙が、私の愛くるしいところです。
養鶏は皆にオススメできることではありますが、多少の覚悟を伴います。
それが、養鶏初心者の、今のところの見解です。
ニホンミツバチを飼育しています。
ここのところ昼過ぎごろに暖かいと、こうして巣箱から飛び出しています。
冬の間は、花がないので女王蜂は産卵を止めてしまいます。
新しい働きバチが誕生しないので、冬前に誕生した働きバチは、じっと活動を停止していて春を待っています。
春から夏にかけては働きバチの寿命は、1ヶ月と言われていますが、冬の間は3ヶ月ほどに延ばさないと命をつなぐことができません。
寒さの中でじっとして、活動量を最小にして春を待っているのです。
和合のこの環境に魅力を感じて住み着いた人の多くには、もっともっと山の資源を生活に取り入れたいという気持ちがあります。暖房や風呂焚きに薪を使ったり、自分で切り倒した木で小屋を建てたり、キノコを栽培したり、という具合に各々ができる事を拡げています。そして、そんな人たちが集まってでできた「和合山守」というグループがあります。
南信州元気な森林づくり表彰式のお知らせはこちら
和合小学校で今年で3度目の炭焼き体験学習が行われました
炭焼きの様子はこちら






























