雨を待っていた。
梅雨だというのに昨日まで6日間続いた猛暑で、畑の土は乾ききっていた。
雨が降ったら、エゴマを補植しようと思っていた。キリウジにやられてしまった分の補植である。
けれど今朝、さぁ仕事へという段になると、雨の勢いが強くなった。
外に出ることがためらわれる。
けれど「今日、今、だよな。」
と軽トラに乗り込む。
ワイパーを最速で動かしても、
前が見えにくい。
どうしよう。やめとこうか。
いいのだ。たぶん。
畑について一息。
窓から見えるのは、エゴマの畑とその下の畑。小麦、アマランサス、高キビ、ズッキーニ、甲州もろこし、大麦の刈り跡、落花生、サツマイモ、人参、南瓜、夕顔、ヘチマ・・。
家の前でなくても、かまわないものが育っている。
窓に当たる雨粒が、次第に弱くなっていく。
ふーん。やっぱりね。そうだよね。
‥ありがとうございます、と車から降りる。
雷は鳴りつつも、雨は止んだ。
到着から5分も経っていない。
着ていた合羽を脱ぎ、補植を済ませた。

たまたま、である。
けれど ”きっと” という想いはあった。
たわいもないことだけれど、天が応えてくれたような、よい関係を築けているような、そんな感じがして、ありがたく思う。
その時その時今はこうだよ、という内側の声に、行動を伴わせられると面白い。
身体を動かすことで確認する。
感覚が鍛えられていく。
自然への親しみ、信頼が、
深くなっていく。

かなり若い頃から「どこか」を求めて探していた。けれど ここ にたどり着いて、他に行きたいということがなくなった。
私にとっての幸せの要素が、ここ にはある。
たとえば、今日出会ったもので言えば、雨にそぼ濡れるホタルブクロや、合歓木(ねむのき)の葉。たとえば、田の畔で尾をふるキセキレイ。
ふっと心がゆるむ。
日常のごくささやかなひとつひとつが、私を満たしていく。
食べ物をはじめ、ここに在るものたちが、私を生かしてくれる。
私もまた、ここの一部でしかない、一緒に生きている、という素朴な実感。

和合は自然が豊かだ。
けれどそれだけではない。
私がこの地でこうして暮らせているのは、ここに住む人々のおかげだ。
そう感じさせてもらえていることが、ありがたい。
「和合の衆は、とろくさい」と自嘲する。そのなんと魅力的なことか。
ここで長い年月を生きてきたその生き様が、人柄となっている。
土地柄が人柄となり、人柄が土地柄に反映されている。
大切にすべきことは何かー
この地の古老に見習い、
そして受け継いでいきたい。

ここで謎掛けです。
和合と掛けて、そういう名前の演歌歌手がいます、と解く。
そのココロは

山川豊です。
和合とかけて、野球の試合から帰ってきた孫に、おばあちゃんが声をかける、と解く。
そのココロは

人(ヒット)、あったかい
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今日のライター:小掠純子
1967年 東京生まれ
和合住歴24年
卵と米と週1回3時間程度のバイト(調理)で生計を立て、自給暮らしを楽しんでいる。

